お稲荷さんとのり巻きでなぜ「助六寿司」?

お稲荷さんとのり巻きでなぜ「助六寿司」?

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歌舞伎の人気演目の1つに「助六由縁江戸桜(すけろくゆえんのえどざくら)」という話があります。主人公は花川戸助六。実はこの助六、仇討ちで有名な蘇我兄弟の弟、蘇我五郎の仮の姿なのです。その助六が、奪われた名刀友切丸を探す為に吉原に潜入し、三浦屋にいる愛人の遊女に横恋慕する髭(ひげ)の意休にケンカをしかけて刀を抜かせ、ついに意休から刀を取り返すという江戸っ子お気に入りの物語です。

その助六の愛人の名前が「揚巻」。揚(あげ)→油揚げ→いなり寿司。巻(まき)→のり巻き。つまり、いなり寿司とのり巻きのセットで「揚巻」。揚巻と言えば、花川戸助六というわけで、この組み合わせの折り詰めは「助六」と呼ばれるようになったということです。洒落を好んだ江戸っ子が考えそうなことです。

ちなみに「幕の内弁当」も、その語源は歌舞伎から来ています。芝居の幕間に食べるお弁当だから幕の内弁当というそうです。

江戸時代、歌舞伎鑑賞は1日がかりだったから、お弁当は必要不可欠でした。そういった理由で、この二つのお弁当には歌舞伎に由来した名前が付いたと言われています。

鉄火巻と呼ばれる理由とは?

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マグロの巻き寿司が考案されたのは、江戸時代のことでした。鉄火場で出されたのが最初と言われています。ちなみに、鉄火場と言うのは、ばくち場の俗称です。

ばくち場で花札やサイコロ賭博に興じている男達が、手を汚さずに食べる事ができる食べ物がないかと考え、作られたのがマグロの巻き寿司でした。マグロの巻き寿司=鉄火場で出される巻き寿司=鉄火巻き、となったと言われています。

なぜマグロなのかといえば、当時はマグロが最も人気のネタだったからです。もしかんぴょうが一番人気だったら、かんぴょう巻きが鉄火巻きになっていたかもしれません。ちなみに、この鉄火巻きはサービスで出されていたそうです。

そういえば、サンドイッチもイギリスのサンドイッチ伯爵が、勝負の手を休めずに食べる為に考え出したものです。古今東西、ばくち打ちというのは同じ様な事を考えるものなのだろうか。

ちなみに、巻き寿司の両端からちらりとのぞくマグロの色が、赤熱した鉄のように見えるところから鉄火巻きと言われるようになった、という説もあるようですが、前者の説の方が有力だと言われています。

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