お台場の台って何の事?

お台場の台って何の事?

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お台場は、最近では東京観光の超人気スポットに変身しました。ところで、この土地を、なぜお台場と言うのでしょうか?

1853年7月8日、ペリーを指令長官とするアメリカ軍インド艦隊が浦賀港に入港しました。この黒船の来航にショックを受けた江戸幕府は、江戸の町を防衛する為に、品川沖の海上に大砲を備えた人工島に着工しました。このように砲台のある陣地の事を台場と言いました。特に品川沖にあるものは幕府が建造した為、頭に「御」を付けて「御台場」と呼ばれました。これが現在の「お台場」の由来です。

ところで、苦心して完成した大砲の射程距離は、黒船のものと比べて半分以下でした。かくして御台場は無用の長物になってしまいました。

ちなみに、現在も残っているお台場の数は三つです。そのうち二つは埋め立てで陸続きとなり、海に浮かんでいるのは品川第六台場だけとなりました。

爵位とはいったい何なのでしょうか?

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爵位とは貴族の身分、序列を示す称号で、多くは世襲でした。また、爵位を持つ家系には、領土内での自治権等の特権が付随していました。

爵位は現在も君主政体をとる国などに残っているが、ほとんど特権は残っておらず、名目だけのものになっています。

日本では明治17年に華族令によって公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵の五つの爵位が定められました。ちなみに、これはイギリスの貴族制度をまねたものでした。

爵位が与えられたのは、皇族、旧公家、旧大名、神職、僧侶、そして勲功のあった者で、大名の基準は次の通りでした。

  • 公爵=旧薩長藩主、徳川宗家
  • 候爵=徳川旧御三家、15万石以上の大藩の旧藩主、旧琉球藩王
  • 伯爵=徳川旧御三卿、五万石以上15万石未満の旧藩主
  • 子爵=五万石未満の旧藩主
  • 男爵=維新後に華族に列した家

ピーク時には5爵で合計1011家が存在したが、この華族令は敗戦の後、1947年に廃止されました。

日本初のタクシーはいつ登場したの?

誰でもお馴染みのタクシー。これはいつ頃登場したのだろうか?

大正元年、数奇屋橋のそばに、「タクシー自動車」という会社がオープンしました。これがタクシーの第一号です。使用車両はT型フォードでした。それを6台揃えての営業開始でした。

当時の値段は、最初の1.6キロが60銭(現在の価値でおよそ3000円)。その後は800mごとに10銭(500円)、深夜、雨天、道が汚れている時には400mごとに10銭(500円)の割増料金が取られました。

当時、もりそばが3銭、電車賃の最低料金が5銭だったから、かなりの高額になります。ちなみに、距離の単位が中途半端なのは、T型フォードに取り付けられていた距離計がマイル表示だったからでした。

高価だったがタクシーの需要は高く、大正時代中にその台数は、なんと2000台まで増加したといいます。ダブルのスーツにハンチング帽というスタイルのタクシーの運転手さんは、当時の花形職業だったのです。

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