西暦はいつから使われるようになったの?

西暦はいつから使われるようになったの?

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紀元前を「B.C.」、紀元後を「A.D.」と略します。B.C.は英語のbefore  Christで、「キリスト以前」という意味です。A.D.はラテン語のanno Dominiで「主の年」の意味です。つまり西暦は、イエス・キリストの誕生年を基準にしている訳です。

しかし、キリストが誕生した年から、いきなりこの西暦が使われ始めた訳ではありません。西暦を提唱したのは、六世紀のローマの修道院長、ディオニシスです。それ以前は、日本の元号と同じ様に、王が変わるたびに年の呼び方が変わっていました。

西暦はまず教会で用いられる様になったが、それが一般に広まり、現在の様に定着したのは、ディオニシスが西暦を提唱してからなんと千二百年後の十八世紀でした。

ところが、最近になって、大変な事が判明しました。なんと、キリストが生まれたのは、紀元元年ではなく、紀元前四~七年だったというものです。といっても西暦をずらさなければならない訳ではありません。

元号はどのようにして決められるのか?

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日本には、元号という、独自の年の数え方があります。

そもそも元号というのは、中国の皇帝が「時も支配する」という思想から生まれたものです。紀元前140年に、当時の漢の武帝が「建元」と称したのが最初です。

日本で初めて元号が付けられたのは645年、大化の改新でも有名な「大化」が日本初のの元号です。

江戸時代までは天皇が制定権を持ち、災害、即位などの理由によっても、度々改められていたが、明治時代以降は一世一元号になりました。なお現在は、改元の権限は天皇から内閣に移り、閣議の決定によって決められています。

元号は中国の書物から引くのが慣例になっています。例えば、現在の「平成」は『史記』の「内平らかに外成る」と、『書経』の「地平らかに外成る」の二つを掛け合わせて生まれたものです。

ちなみに、元号の出典となる書物の中で、最も人気があるものは『書経』だそうです。

江戸時代の4月1日は不義理の日と呼ばれていた?

4月1日といえばエイプリルフールですが、これはヨーロッパから伝わったもので、日本に古くからあった習慣ではありませんでした。

ところで、江戸時代には4月1日は「不義理の日」と呼ばれていました。つまり、日頃ご無沙汰している人に手紙を書き、不義理を詫び、近況をたずねる日だったのです。

忠臣蔵で有名な堀部安兵衛が叔父の菅野六郎左衛門から決闘の知らせを受け取ったのも4月1日です。不義理の手紙と思い決闘に遅れてしまいました。

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