かなわない願望だからこそ、夢に見ます。そして夢の中の登場人物は、ほとんどが自分の分身なのです。

かなわない願望だからこそ、夢に見ます

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「こんなすばらしい幸運が舞い込むなんて、夢にも思わなかった」「私の夢は、オリンピックで金メダルをとることです」という言い方をすることがあります。

現実の世界での理想や目標を表すとき、「夢」という言葉を用いることがしばしばありますが、がんばればできるとわかっていることについては、あまり「夢」という言い方をしません。それよりも、少しくらいの努力では叶いそうもないこと、憧れながらも実現しにくいことを、「夢」という言葉で表すことが多いようです。眠っているときに見る夢も、似たようなことがいえるのではないでしょうか。

前に説明したように、精神分析学においては、「夢は願望充足の場である」と考えられています。でも、すべての願望が夢になって表れるとは限りません。現実の世界ですぐ満たされてしまう望み、ちょっとした願いは、夢にはならないようです。昼間の世界でがんばりさえすれば、努力が報われて、目標を達成できるとわかっているのですから、わざわざ夢の中で充足させるまでもないわけです。

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反対に、現実では達成できないかもしれない大きな願望を抱えていると、その人の心の中に、せめて夢の中では満足したいという欲求が働きます。現実ではさまざまな制約があって、満たされない願望も、夢の中なら自由に叶えることができます。現実には叶わなくても、夢の中で充足すればとりあえず落ち着き、心のバランスをとることができるからなのでしょう。

逆説的な言い方をすれば、夢にまで見る願望は、「多分、叶えられないだろうな……」と感じていることといえそうです。

夢の中の登場人物は、ほとんどが自分の分身である

人間は、心理的発達の過程で、他人との関わりあいの中から、自分とは何かを見いだしていきます。
最初の出会いは母親ですが、小さな赤ん坊は、自分と母親の区別がついていません。心理学でいうところの同一視、つまり母親と自分は、一つの存在と考えています。それが、だんだん大きくなるうちに、他者との区別によって、自分を見いだしていくのです。

他者との差別化によって自我が形成されると、現実では、それぞれの人が勝手に振る舞うので、あなたの思うままにはならないことがわかってきます。

ところが、夢では全て人が、あなたの思いどおりの役割りを演じて、あなたに奉仕してくれます。それは、登場人物のほとんどが、あなたのある部分を象徴しているからです。あなたに男っぽい部分があるなら、その部分はお兄さんが代役をつとめ、かわいらしく守ってあげたい部分は、妹が代役をつとめる……というように、自分と密接な関係にある人が夢に出てきたときは、それがあなたの分身である場合が、とても多いということを覚えておいて下さい。

知らない人が出てくるのも、同様です。
たとえば、知らない人を怒鳴っている夢などは、自分で自分を怒鳴るわけにはいかないので、知らない人を自分に代わって登場させ、怒鳴られ役を担当させているわけです。

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