夢には矛盾や食い違いがいっぱいあるし、夢の中にはたいへん厳しい”検閲官”が控えています。

夢には矛盾や食い違いがいっぱいある

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大人になるほど、ストレートに願望を充足するような夢は、あまり見なくなるものです。また、願望そのものが矛盾に満ちていることも、多々あるといえるでしょう。

数年来ゴルフに凝っている人の見た夢の話です。「新しいクラブを買って、ゴルフ場へ行く。ところが、ボールを打たないまま、どんどんホールを進んで行ってしまう。休憩タイムをとってホールに戻ってみると、新品のクラブが失くなっていて、ゲームが続けられなくなる」無類のゴルフ好きの人が、なぜこんな夢を見たのでしょう?

実は前日にゴルフへ行った時、その人はこう思ったのです。
「ゴルフは楽しいけど、コースに出るとなると、それなりにお金もかかる。休みなしに行っていたら、あまり健康にもよくないのではないか」
つまり、ゴルフは好きだけど、あまりやらないほうがいいのではないかという矛盾した願望が、その人にはあったからなのです。

「したいけど、したくない」というこの感覚を、精神分析学ではアンビバレント(両面価値)といいます。ひとつの対象に対して、愛情と憎悪などの相反する感情を持つことです。

人間は、自分の中で矛盾する願望の間で、常に揺れ動いている存在といえます。当然、夢にも、まったく反対の願望が表れてくることがあり、それは自然なことなのです。
むしろ、楽しい夢ばかり見る人、ストレートに願望を充足する夢しか見ない人は、たいへんオメデタイ人というしかないでしょう。

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夢の中にはたいへん厳しい”検閲官”が控えています

夢は、願望充足のための素晴らしい舞台ではありながら、あまりにも生々しい願望、欲しい欲求は露骨に表現されません。夢を見る人が、ストーリーを形成するときに、不都合なこと、不愉快なことを歪曲して表現する事が多々あります。これが、心理学でいうところの、夢の「検閲」効果です。

たとえば、誰かをひどく憎んでいたり、あるいは自分でもビックリしてしまうような強い性衝動を持っていたとします。でも、それをダイレクトに表現してしまったら、あまりのグロテスクさに、夢を見ている本人が心の平静さを失ってしまいかねません。そこであなたは無意識のうちに、夢のストーリーを上映する直前、映倫ならぬ「夢倫」にかけます。

もちろん、夢ではモザイク加工やボカシなどは使いません。激しい欲望や強い憎悪などのグロテスクな内容を、夢であってもあなたが動揺しないものに、置き換えて表現します。自由な発想とはいいながら、不都合な願望をみずからにつきつけないようにするのです。

その結果、ある恐るべき願望は、無意識に姿を変え、まったく別な表現で表れるので、貴方は安心して夢を見られるわけです。

「それでも、私は悪夢を見たことがある」ですって?
精神分析学の立場からいえば、悪夢は言葉通りの悪いものではありません。なぜなら、「悪い」と判断するのは、夢のあと味の悪さとか、日常的な善し悪しの基準に拠っているからです。

したがって、たとえば、怪物に追いかけられる嫌な夢を見たとしても、怪物から連想できる事を突き詰めて考えてみれば、なぜそのような夢を見たかがわかってくるでしょう。そんな夢を見た原因がわかれば、悪夢もまた楽し、という事にもなるはずです。

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